Vol.48 イチブンノイチ物語③ 見てこなかった場所と、私自身のこと

フェムケアを始めたきっかけは、
身体の不調だったわけではない。

どこかが痛かったわけでも、
明確なトラブルがあったわけでもなかった。

ただ私は、
自分の身体のある場所を、
長いあいだ見て見ぬふりをしてきた。

子どもを産み、育てて、
「もう役目は終えた」と
無意識のうちに思っていた場所。

でも今思えば、
そもそも私は、
その場所とちゃんと向き合ったことが
一度もなかったのかもしれない。

自分の気持ちより、
相手の都合や空気を優先すること。
波風を立てないこと。
それが大人の女性として
正しい振る舞いだと思っていた。

だから、
自分がどう感じているかを考えることは、
いつも後回しだった。

関係が終わったあと、
私は否応なく「性」というテーマに向き合うことになった。

怒りもあった。
悲しさもあった。
そして、
どうして自分だけが我慢してきたのだろう、
という思いもあった。

家族としての役割を守ること。
母として、妻として、
期待される立場を果たすこと。
私はそれを優先してきたつもりだった。

でも同時に、
自分自身の感覚や選択を、
どこかに置き去りにしていたのだと思う。

そこで、
ふと立ち止まって考えた。

子どもを産み、育てる身体を持つのは女性なのに、
どうして私たちは、
その身体の一部を
「見なくていいもの」にしてきたのだろう。

自分の身体なのに、
自分で触れることにためらいを感じる。
誰かに委ねることはあっても、
自分の意思で知ろうとはしてこなかった。

それって、
少し不思議なことだと思った。

違和感があるから向き合うのではなく、
違和感がないからこそ、
何も考えずに過ごしてきただけなのかもしれない。

でも、
自分の身体に意識を向けることは、
特別なことじゃない。

自分を大切にするというのは、
気持ちだけの話ではなく、
身体を含めた「私全体」を
きちんと引き受けることなのだと思う。

フェムケアは、
何かを変えるためのものではなかった。

自分の身体に、
「私はここにいるよ」と
声をかけるような行為だった。

そしてそれは、
自分の人生をどう生きるか、
どんな選択をしていくかを
自分で決めていいのだと
思い出すことにつながっていった。

見てこなかった場所と向き合うことは、
私自身と向き合うことだった。

それが、
私がフェムケアを始めた、本当の理由だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です