Vol.15 君の名は、おりもの。

膣から垂れる、生理の血ではない、鼻水のような粘度をもった、どろっとした透明の、でも時には白く濁ったりするあれが、「おりもの」という、なんだか儚く美しい名前であることを、ひとはいつ、一体、何きっかけで知るのだろうか。

おりものって。

ぱったとんぱったとん、とんからり、と織機で織る、あれですか。鶴が恩返しにくれるものですか。天女が羽織って、空飛ぶやつですか。あ、それは羽衣か。

本当にその「織物」しか知らなかった。わたしはずっと。「おりもの」を膣から垂らしながらも。やりすごすことしかできないと思っていた。じゅるっとでて、じゅわっとしているだけで、不快だけど、我慢できないことはない。そう思っていた。

母から教えてもらったことはなかった。我が家に「おりものシート」があった記憶もない。

大学生になって、一人暮らしを始めて、「おりものシート」の存在を知った。

ところで、男性は、「おりもの」を知っているのだろうか。

膣からの分泌物は、性的快感によるものしか存在しないと思っているのではないだろうか。

ずいぶん昔、知り合いの男性が、「こういうの、読む?」などとにやにやしながら貸してくれた小説は、人生初めて読むポルノ小説というか、もっと変態的というか、マニア向けエロ純文学というか、これをわたしに読ませて何が嬉しいのか、先輩の意図がわかりかねる、セクハラか?と思うものであったけれども、あらすじだけさらっとなぞると「女性から全く相手にされない醜男が、自分には性行為で相手を喜ばせる技術があることを知り、それを以ってあまたの女性を満足させたり足蹴にしたりする」というものです。性描写が山のように出てくるのです。わりとお嬢さん育ちであったわたしは、この小説で初めて、世の中で「流通されている」エロに出会ったのです。

その頃、わたしが読んでいた小説は、性描写はさらっと流すものばかりで、もっと昔読んでいた少女漫画の性描写はファンタジーで花が飛んでいて、具体的に何が起こっているのかわからなかったけれども、とにかくキラキラしているだけであって、先輩から借りた、この変態エロ小説を真面目に読んで、なんだこの性描写は、と人生初めて、男性目線の男性による性描写に触れたのであるけれども、ないのである。おりものが。どこにも。おりものらしき描写が。

生理はあった。

生理だから、生理なのに、生理だからこそ、みたいな描写はあった。

でも下着がぬれるのは、快感に伴う際ばかりで、辱めのために下着をぬがされても、誰もおりものらしきものがない。え、ないの。あるよね。ショーツがずっとからからに乾いている状態の日の方が、少なくないですか。わたしだけですか。性的興奮状態にあるからではなく、快楽を求めているわけではなく、おりもの、勝手にぬるぬるとでてくるんですけど。これを、「ほら、体は正直ですぜ」みたいな評価にされても困るんですけど。生理現象なので。まあ小説だから。そんなところまでリアルにしなくてもよいのでしょうけど。あれ、ないの。と若いわたしは思ったのです。ねえ、膣からさあ、鼻水みたいなじゅるっとしたもの、出るよねえ、なんて誰ともそんな話をしたことがなくて、だから余計に、ないんだ、この、じゅるっとした鼻水みたいなものが膣から垂れるなんてことは、ひとはないんだ、ないのが普通なんだ、だって本にも書いてないんだもの、こんなにもたくさんパンツを脱がせる小説でも、誰もじゅるっとしていないんだもの、と思ったのです。

じゅるっとした鼻水みたいなものを、どうやってやり過ごしたらよいのか、ずっとわからなかった。ああ、また下着がぬれている。いやだなあ。気持ち悪いなあ。生理用ナプキンをつかうほどではないんだよな。ナプキン、高いしなあ。トイレットペーパーをくるくる重ねて、パンツに貼りつけておけばいいのかなあ。下着がぬれているから、ここが糊みたいになって、ちょうどいいし。でもこれをはがすときに、ぬれたトイレットペーパーと膣がくっついて、気持ちわるいんだよなあ。不快をまぎらわす策で不快になるって、どんなスパイラルよ、と思っていた。

気になるのは、生理用ナプキンの横に陳列されている、おりものシートの存在だった。

おりもの。とは如何に。

パッケージをちらっと見た感じ、形状としては生理用ナプキンに近い、ように思う。

触った感じ、ナプキンよりも薄い。

もしかして、このじゅるっとしたもの専用のシートではないのか。いや、どうだろう。もっと何か別の用途があるのかもしれない。ものすごくエロいものに使うものかもしれない。どうやって使うのかわからないけど。どうやって使うものかわからないものを、えいやで買うのは、レジの人に「あ、この人エロいひとだ」と思われそうでいやだなあ。パッケージが可愛いだけで、コンドームを買ってしまって赤面する女子高生が許されるのは、少女漫画の世界だけである気がする。でもなあ、別にパッケージも可愛くないんだよな。どっちかというと、地味な感じもある。じゃあ、エロいものではないのだろうか。そんなにも高いものではないし、じゃあ、ちょっと試してみるか。

となるまで、一人暮らしを始めてからなんと二年かかった。

二年、わたしは、膣からじゅるっとしたものを垂れ流しながら、それをやりすごした。

君の名は、おりもの。もっと早く知りたかった。

ライター:神 敦子

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