Vol.50 イチブンノイチ物語⑤ 40代以降のフェムケアは「遅い」のか?

40代を過ぎてから、
自分の人生や身体について考え始めると、
どこかでこんな声が聞こえてくる。

「今さら?」
「もう遅いんじゃない?」
「若い人の話でしょう?」

私自身も、
そう思っていたひとりだった。

選択はもう終わった。
役割は決まった。
あとは、その中で
うまくやっていくだけ。

そう考えるほうが、
楽だったのかもしれない。

でも、
本当にそうなのだろうか。

40代以降は、
何かを始めるには遅く、
何かを望むには
身の程知らずな年代なのだろうか。

私はそうは思わない。

むしろ、
40代以降だからこそ、
ようやく見えてくるものがある。

若い頃は、
選択肢が多すぎて、
自分の声が聞こえなかった。

周りの期待や
社会の正解に合わせることに
必死だった。

でも、
経験を重ねた今なら、
「何を大切にしたくないか」
が、はっきりしてくる。

我慢し続けること。
自分を小さくすること。
誰かの期待に合わせて生き続けること。

それらを、これ以上続けたくない。

そう思えるのは、
年齢を重ねたからこそだ。

そして、私が今まで感じてきた違和感が
SRHR*という名前があることを知ったのも
40代を過ぎてからだ。

SRHR*は、
若い人のためだけの言葉ではない。

誰と、どんな関係を築くのか。
子どもを持つかどうか。
自分の身体をどう扱い、どう守るのか。

それらは、
人生のどの段階にいても、
自分で選び続けていいことだ。

40代以降のSRHR*は、
「やり直すこと」ではない。

これまでの人生を引き受けた上で、
これからをどう生きるかを選ぶこと。

もう一度、
何かを証明する必要もない。
誰かに認めてもらう必要もない。

ただ、
自分にとって
心地よい選択をしていい。
フェムケアはその選択肢の中の1つでしかない。

年齢を理由に、
自分の願いや違和感を
なかったことにしなくていい。

遅いかどうかを決めるのは、
周りではなく、
自分自身だ。

もし今、
「今からでもいいのかな」
と迷っているなら。

その迷いこそが、
もう一度、自分の人生に
手を伸ばそうとしている
証なのだと思う。

40代以降のフェムケアは、
決して遅くない。
むしろ、
ようやく自分のものとして
引き受けられる時間なのかもしれない。

*SRHRとは「Sexual and Reproductive Health and Rights」の略で、
「性と生殖に関する健康と権利」と訳される。
これは、すべての人が性や身体について適切に学び、
自分の意思で安全な選択(避妊、妊娠、出産など)ができ、
尊厳と健康を守れる権利を指し、
基本的な人権の一つとしてWHO(世界保健機関)なども推進している概念。

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